西大島校ブログ
『手紙屋――蛍雪編』より—―「自分が生きる意味」「“意志”の力」「方法よ…
更新日:2026.9.23
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.49)
【4通目の手紙】
「自分は何のために存在するのだろう?」自らを磨いて、何かの役に立てたときにはじめて、人生に意味が生まれたと自覚できます。(どこにでもあるような木材を削って)「こんなものをつくって、意味があるかなあ」と完成までに何年もかかるから、途中で必ず迷うのです。でも迷ってはいけません。一度つくると決めたら、それでよかったかどうかは問題ではなく、完成まで磨き抜くものだ、と。自分が生きる意味は自分でつくっていけるものである、と。
自分がこれから、何かの役に立つ人間になっていこうと考えとき、何かを成し遂げようと思ったとき、「あるもの」がなければ途中で必ず「そもそも、こんなことをやって意味があるのかなあ」という迷いが生じてしまう、と。
【5通目の手紙】
「あるもの」がなければ途中で必ず「そもそも、こんなことをやって意味があるのかなあ」という迷いが生じてしまう。その「あるもの」とは『意志』である、と述べています。そして、この『意志』は、人生のすべてを左右する力を持つ、と。
『絶対にやると決めたことを、最後までやり通す強い意志』――困難を可能にするのは『意志の力』だ、と。あなたの中にも強い意志力はあるが、それを使っていないだけだ、と。
【6通目の手紙】
(「人生を楽しむための道具として勉強をする」との主人公からの返信に対し、「素晴らしい解答だ、と誉めたうえで、次のように言います。
「やらなきゃならないこと」を「やりたいこと」に変えるために役立つものは、『想像力』であり、それはそのまま『創造力』につながる、と述べます。
結局、本当は『将来の自分が、今の自分にやってほしいこと』が「やりたいこと」であるはずだ、と。それらを「成功させるために必要なものは、方法ではなく行動である」と述べ、“自分磨き”を時間をかけて楽しんでいくことを勧めています。
9『手紙屋――蛍雪編』より—―「勉強は道具の1つ」であり「忍耐力・自信・脳…
更新日:2026.9.22
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.48)
【1通目の手紙】
喜多川氏は、世の中には便利な道具があって、「ナイフ」も「コンピュータ」を例えに挙げながら「勉強は1つの道具に過ぎない」「変な使い方(人を傷つけたり、自分を不幸にしてしまったり)をするなら、しない方が良い」と述べています。
その便利さと危険性の両方を知った上で上手に使いこなすことを学ぶべきだ、と。
私自身が以前から述べている「学問自体には善悪はない。使う人によって決まる」との主張と同じです。勉強ができるようになって、できない人を見下すようになったり、挨拶もしないようになったり、手に入れた知識で満足し、他人を批判するように使ったり、人の気持がわからなくなってしまったり、コミュニケーションが取れなくなってしまったり、、、、自国の歴史を学んで他国の慣習や文化を否定するようになったり、、、、化学や機械に精通するあまり、多くの人に被害を与えるようなものをつくりだしてしまったり(私は、これをノーベルのダイナマイトを想起しました)、、、
「道具としての勉強を、何のために、何の目的のために使うのか」そこをしっかりと定め、正しく使いこなすことが大事だと、喜多川さん(手紙屋さん)は述べています。
【2通目の手紙】
作者は「勉強をすることで、『大学生活ができるようになる』『大学卒業でなければ就くことのできない職業に就くことができるかもしれない。将来の選択肢が広がる。』などと述べ、しかしながら、それらの中に1つの共通点を見出すことができると言います。それは、「忍耐力」であり、「自分に対する自信」であり、「記憶力、判断力、応用力などが鍛えられ、脳の活性化につながる」と説きます。
【3通目の手紙】
作者は「勉強は自分を鍛えるための道具」であることに気が付いた主人公の返事に対し、肯定し、「心の成長なくして、結果を手にすることはできない」と断言しています。
原始の時代から、それまでに誰かが経験したこと、発見したことを受け継ぎ、学び続けてきたことを振り返りつつ、ほかの動物にはできない英知の継承を「勉強」と呼ぶと述べています。この点も私の持論と非常に近いものがあります。
ただ単に知識を詰め込むのではなく、知識や情報をアウフヘーベン(止揚)していき、生きる上での知恵へと昇華していくことが最重要なことだと確信しています。
さて、この「手紙屋―蛍雪編」を単なる精神論だとか教育史観の書籍ではないのか、と片付けることはできません。中高生自身が読み込んでいけば、勉強していくことの本来の意味を自然と理解していくことができます。また大人にとっても十分ためになる書籍といえると考えています。 (4通目以降の手紙は次号・次々号で)
31『手紙屋――蛍雪編』(喜多川泰)の紹介②
更新日:2026.9.19
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.47)
前回、お約束した喜多川泰さんの書籍『手紙屋』を紹介します。
今日は内容のあらましです。
主人公は、スポーツだけに没頭していた高校2年の女子です。帰宅するやスマホを片手にベッドに寝そべる“ぐうたら”さんです。
遊ぶお金が欲しいからアルバイトをしたい気持ちをうちあけると父親から反対されます。漠然と大学へ進学したいという思いはあったが、積極的な理由がある訳ではありませんでした。将来の目標も定まっていないことから、大学をモラトリアムの期間ととらえていたのです。
高卒で働けば、おカネの面は楽になるが自由な時間が減る。そんなくらいの気持ちで大学進学を選んでいました。ただ、強い意志も継続力もないため、実力が伴ってきませんでした。
そんなある日、両親が毎年行く旅行にはついては行かず、夏休みの数日間、東京にある兄夫婦の家に泊まりに行くところから、この物語が始まります。兄から紹介された“手紙屋”という存在。兄自身も交通事故で下半身が動かせなくなり、車いす生活になってからというもの、その“手紙屋”なる人から人生のアドバイスを受けてきたのだといいます。兄は、体が不自由でも人生が豊かになったといい、妹に“手紙屋”に手紙を書いてみることを勧めたのです。
その中で、主人公の高2の子は、10回にわたって手紙をもらい、アドバイスを素直に聞き入れていきます。初めは半信半疑でしたが、前向きで生き生きとした高校生生活を送れることになっていきます。将来への目標も定まって、大学へも合格し、成長していくというドラマです。
これは、小説だから、最後はめでたしめでたしという終わり方をするとお思いになられるかと思いますが、10項目手紙に沿って物語が進められ、その中で具体的な手立てが書かれています。
- 「勉強も1つの道具である」と考えること
- 「学校で習うことだけが勉強ではない」ということ
- 「心の成長なくして、結果を手にすることはできない」ということ
- 「自分が生きる意味は、自分でつくっていける」ということ
- 「困難を可能にするのは、『意志』の力である」ということ
- 「成功するために必要なものは、方法ではなく行動である」いうこと。
- 「家に帰ってから最初に座る場所で、自分の人生が決まる」ということ
- 「『何をやるか』よりももっと大切なことがある」ということ
- 「すべての教科が、人生を豊かにするきっかけになる」ということ
- 「今日1日の勉強が、将来の世界を大きく変える」ということ
次回は、この10項目1つ1つについて、少しだけ詳しく紹介させていただくつもりです。
45学問に善悪はあるのかーー英知を磨いていくのは誰のため、何のためなのか
更新日:2026.9.8
江東区北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。(vol.45)
「ノーベル賞」は、毎年、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和および経済学の「5分野+1分野」で人類に対して大きな貢献をした人物に贈られる賞ですね。(そろそろ「ノーベル賞受賞者」発表の季節が来ますね。)
ノーベル賞設立の遺言を残したアルフレッド・ベルンハルド・ノーベルは、スウェーデンの発明家・企業家であり、ダイナマイトをはじめとするさまざまな爆薬の開発・生産によって巨万の富を築きました。しかし、爆薬や兵器を元に富を築いたノーベルには一部から批判の声が上がっていました。ノーベルは、最期に賞設立に関する記述のある有名な遺言書を書くのです。
彼(ノーベル)についての評価は様々でしょうが、次のことだけは言えるのではないかと私は思っています。「学問(知識・情報)それ自体に優劣はなく、その英知をどのように使うかという“良心”によって、“善悪”が決まってくる。」「悪いことをするために学問を学ぶのではない。」「自分も幸福になり、世の中の人々をも幸福と平和のをもたらすために学問がある。」と
プルトニウムにしてもウランにしても水素にしてもトリチウムにしても、それ自体を研究していくのは、人間らしい営みです。ただし、その研究成果をどういったことに活用していくかを考えていくのもまた、人間としての営みです。ややもすると善にも悪にも通じていってしまうのが学問。そこで、人間は、他の動物には決して真似することのできない「道徳的な思考・判断・実践力」が問われてくるのです。
さて、私たちは(生徒たちは)、良い企業に勤めるために良い大学に入りたくて、良い大学に入るために良い高校に入るのでしょうか?そして良い中学校を選ぶのでしょうか?
いま、目の前で勉強をしている生徒たちに向かって、この期に及んで精神論を語るのか、と叱られてしまいそうですが、やはり「何のために」学ぶのか、との目的観があるのとないのでは、その人の意志も覚悟も違ってくるでしょうし、忍耐力や持続力にも影響を及ぼしてくるのではないかと考えます。
次回は、それを裏付ける書籍を紹介します。喜多川泰さんの『手紙屋―蛍雪編』がそれです。私自身が日頃考えていたことをよく整理して小説風に書いてくれているのでとても共感しました。『運転士』もたいへん興味深いものでしたが、この『手紙屋』は、受験生はもとより、中高の2年生1年生にこそ読んでもらいたい一書です。
91「スマホ」と「読書」――『思考力(思索力)、そして対話力』
更新日:2026.9.1
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です。(vol.44)
高校生の頃、電車の中でほのぼのとした場面に遭遇したことがありました。
前日にでも欠席したのかもしれない聾唖の学生さんが、同じ聾唖の友人からノートを借りて、「ありがとう」と手話でお礼を表現していたところでした。電車から降りてもいつまでも互いに手を振っていました。
電車の中で、一斉にスマホに目を落としていたり、イヤホンをつけて個の世界に浸っていたりする人が少なくない昨今。
当時、障がいのある方々の咄嗟のやり取りの中にも、(貸す側・借りる側双方の)誠実で純粋な交流の姿の一端を目の当たりにして、心が温かくなったものでした。
友人同士や家族や職場の同僚と電車に乗ることもあるでしょうが、一人の時間であっても読書(良い本との対話)を楽しむことも非常に良いことだと感じています。
ベネッセ教育総合研究所と東京大学が昨年公表した調査結果によれば、1日の中で読書を「しない(0分)」子供は、10年前の1・5倍に増えたといいます。読書は、情報を得るだけのものではありません。語彙力や読解力はもちろん“自分の頭で考える力”を育む時間でもありましょう。
読書の重要性を強調したのは思想家エマソン。ある年の8月、社会が全体主義傾向を強める危険を懸念していた彼は「アメリカの学者」と題する講演の中で、本を通して広大な意味をくみ取り、思索する「創造的な読書」が大切であると訴えました。
現代は、スマホ1つで欲しい情報が瞬時に手に入ります。便利な世の中ではありますが、活字離れが進み、一人一人の思索力が弱まれば、社会は刺激的で短絡的なものばかりを求める方向に流れるでしょう。本を通して思索を深める人が多くなるほど、人生も社会も豊かになります。
そして、互いに豊かなかかわり(対話)を生身の友人と築き、書物から得て、分かち合う(“コミュニケーション力”を磨いていく)ことで、世界中に共鳴しあうことが可能になっていくと考えています。
人類は、「読書や対話が、人間力とは無関係」と思っていると、そのうち痛い目にあうでしょうね。
語学や手話や点字は人と人とを結びつけるツールです。自分で考え、人と対話していくことこそが最上の幸福でしょう。
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