西大島校ブログ
『手紙屋――蛍雪編』より—―結論
更新日:2026.9.24
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.50)
【7通目の手紙】
まず、「家に帰ってから最初に座る場所で自分の人生が決まる」という単純な法則を教えています。これは、世の中のほとんどの人に当てはまることみたいだ、と。
「毎日〇時間勉強をする」という貼り紙を「今すぐに始める。5分でやめてもいいから、とにかく始めてみる。」に変えてみれば、結果論として〇時間も続けてしまっていることになるのだ、と述べています。
【8通目の手紙】
「〇〇大学合格」など目標を決めた後に大切なことを語っています。
少年野球のバットの素振りやピアノのレッスンなどを通して、次のように述べています。目標達成に向けて大切なことは「何を」よりも「どう」やるかなのだ、と。
【9通目の手紙】
ある事柄に対する『興味』と『記憶』は、密接に関係しているきあら、様々なことに興味をもってほしい、と述べています。
人に関わらなくては生きていけない存在だから、勉強に限らず、一人でも多くの人に興味を持ってほしいし、勉強もせっかくの機会だから、あらゆることに興味を持つ能力を鍛えるつもりで、それに関わる人に興味を持つようにしてほしい、と。
【10通目の手紙】
10通すべての終末として「今日一日の勉強が、将来の世界を大きく変える」と結論づけています。大袈裟のようにも読めますが、実際にこの本を最初から最後まで澄んだ心で読んでみるとわかるような気がします。
勉強という道具は、『自分を磨くため』であり『人の役に立つため』である、と目的を明確にしています。
私事ですが、わたしの母校の大学の創立者の箴言で、「大学は、大学に行けなかった人のためにある。」との教訓があります。
この本のまとめとして、私なりに感想を述べさせていただけば、「英知を磨くは何のため。それは、自他共の幸福と世界の諸課題の解決に貢献するため」と思った次第です。
3『手紙屋――蛍雪編』より—―「自分が生きる意味」「“意志”の力」「方法よ…
更新日:2026.9.23
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.49)
【4通目の手紙】
「自分は何のために存在するのだろう?」自らを磨いて、何かの役に立てたときにはじめて、人生に意味が生まれたと自覚できます。(どこにでもあるような木材を削って)「こんなものをつくって、意味があるかなあ」と完成までに何年もかかるから、途中で必ず迷うのです。でも迷ってはいけません。一度つくると決めたら、それでよかったかどうかは問題ではなく、完成まで磨き抜くものだ、と。自分が生きる意味は自分でつくっていけるものである、と。
自分がこれから、何かの役に立つ人間になっていこうと考えとき、何かを成し遂げようと思ったとき、「あるもの」がなければ途中で必ず「そもそも、こんなことをやって意味があるのかなあ」という迷いが生じてしまう、と。
【5通目の手紙】
「あるもの」がなければ途中で必ず「そもそも、こんなことをやって意味があるのかなあ」という迷いが生じてしまう。その「あるもの」とは『意志』である、と述べています。そして、この『意志』は、人生のすべてを左右する力を持つ、と。
『絶対にやると決めたことを、最後までやり通す強い意志』――困難を可能にするのは『意志の力』だ、と。あなたの中にも強い意志力はあるが、それを使っていないだけだ、と。
【6通目の手紙】
(「人生を楽しむための道具として勉強をする」との主人公からの返信に対し、「素晴らしい解答だ、と誉めたうえで、次のように言います。
「やらなきゃならないこと」を「やりたいこと」に変えるために役立つものは、『想像力』であり、それはそのまま『創造力』につながる、と述べます。
結局、本当は『将来の自分が、今の自分にやってほしいこと』が「やりたいこと」であるはずだ、と。それらを「成功させるために必要なものは、方法ではなく行動である」と述べ、“自分磨き”を時間をかけて楽しんでいくことを勧めています。
9『手紙屋――蛍雪編』より—―「勉強は道具の1つ」であり「忍耐力・自信・脳…
更新日:2026.9.22
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.48)
【1通目の手紙】
喜多川氏は、世の中には便利な道具があって、「ナイフ」も「コンピュータ」を例えに挙げながら「勉強は1つの道具に過ぎない」「変な使い方(人を傷つけたり、自分を不幸にしてしまったり)をするなら、しない方が良い」と述べています。
その便利さと危険性の両方を知った上で上手に使いこなすことを学ぶべきだ、と。
私自身が以前から述べている「学問自体には善悪はない。使う人によって決まる」との主張と同じです。勉強ができるようになって、できない人を見下すようになったり、挨拶もしないようになったり、手に入れた知識で満足し、他人を批判するように使ったり、人の気持がわからなくなってしまったり、コミュニケーションが取れなくなってしまったり、、、、自国の歴史を学んで他国の慣習や文化を否定するようになったり、、、、化学や機械に精通するあまり、多くの人に被害を与えるようなものをつくりだしてしまったり(私は、これをノーベルのダイナマイトを想起しました)、、、
「道具としての勉強を、何のために、何の目的のために使うのか」そこをしっかりと定め、正しく使いこなすことが大事だと、喜多川さん(手紙屋さん)は述べています。
【2通目の手紙】
作者は「勉強をすることで、『大学生活ができるようになる』『大学卒業でなければ就くことのできない職業に就くことができるかもしれない。将来の選択肢が広がる。』などと述べ、しかしながら、それらの中に1つの共通点を見出すことができると言います。それは、「忍耐力」であり、「自分に対する自信」であり、「記憶力、判断力、応用力などが鍛えられ、脳の活性化につながる」と説きます。
【3通目の手紙】
作者は「勉強は自分を鍛えるための道具」であることに気が付いた主人公の返事に対し、肯定し、「心の成長なくして、結果を手にすることはできない」と断言しています。
原始の時代から、それまでに誰かが経験したこと、発見したことを受け継ぎ、学び続けてきたことを振り返りつつ、ほかの動物にはできない英知の継承を「勉強」と呼ぶと述べています。この点も私の持論と非常に近いものがあります。
ただ単に知識を詰め込むのではなく、知識や情報をアウフヘーベン(止揚)していき、生きる上での知恵へと昇華していくことが最重要なことだと確信しています。
さて、この「手紙屋―蛍雪編」を単なる精神論だとか教育史観の書籍ではないのか、と片付けることはできません。中高生自身が読み込んでいけば、勉強していくことの本来の意味を自然と理解していくことができます。また大人にとっても十分ためになる書籍といえると考えています。 (4通目以降の手紙は次号・次々号で)
32『手紙屋――蛍雪編』(喜多川泰)の紹介②
更新日:2026.9.19
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.47)
前回、お約束した喜多川泰さんの書籍『手紙屋』を紹介します。
今日は内容のあらましです。
主人公は、スポーツだけに没頭していた高校2年の女子です。帰宅するやスマホを片手にベッドに寝そべる“ぐうたら”さんです。
遊ぶお金が欲しいからアルバイトをしたい気持ちをうちあけると父親から反対されます。漠然と大学へ進学したいという思いはあったが、積極的な理由がある訳ではありませんでした。将来の目標も定まっていないことから、大学をモラトリアムの期間ととらえていたのです。
高卒で働けば、おカネの面は楽になるが自由な時間が減る。そんなくらいの気持ちで大学進学を選んでいました。ただ、強い意志も継続力もないため、実力が伴ってきませんでした。
そんなある日、両親が毎年行く旅行にはついては行かず、夏休みの数日間、東京にある兄夫婦の家に泊まりに行くところから、この物語が始まります。兄から紹介された“手紙屋”という存在。兄自身も交通事故で下半身が動かせなくなり、車いす生活になってからというもの、その“手紙屋”なる人から人生のアドバイスを受けてきたのだといいます。兄は、体が不自由でも人生が豊かになったといい、妹に“手紙屋”に手紙を書いてみることを勧めたのです。
その中で、主人公の高2の子は、10回にわたって手紙をもらい、アドバイスを素直に聞き入れていきます。初めは半信半疑でしたが、前向きで生き生きとした高校生生活を送れることになっていきます。将来への目標も定まって、大学へも合格し、成長していくというドラマです。
これは、小説だから、最後はめでたしめでたしという終わり方をするとお思いになられるかと思いますが、10項目手紙に沿って物語が進められ、その中で具体的な手立てが書かれています。
- 「勉強も1つの道具である」と考えること
- 「学校で習うことだけが勉強ではない」ということ
- 「心の成長なくして、結果を手にすることはできない」ということ
- 「自分が生きる意味は、自分でつくっていける」ということ
- 「困難を可能にするのは、『意志』の力である」ということ
- 「成功するために必要なものは、方法ではなく行動である」いうこと。
- 「家に帰ってから最初に座る場所で、自分の人生が決まる」ということ
- 「『何をやるか』よりももっと大切なことがある」ということ
- 「すべての教科が、人生を豊かにするきっかけになる」ということ
- 「今日1日の勉強が、将来の世界を大きく変える」ということ
次回は、この10項目1つ1つについて、少しだけ詳しく紹介させていただくつもりです。
45学問に善悪はあるのかーー英知を磨いていくのは誰のため、何のためなのか
更新日:2026.9.8
江東区北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。(vol.45)
「ノーベル賞」は、毎年、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和および経済学の「5分野+1分野」で人類に対して大きな貢献をした人物に贈られる賞ですね。(そろそろ「ノーベル賞受賞者」発表の季節が来ますね。)
ノーベル賞設立の遺言を残したアルフレッド・ベルンハルド・ノーベルは、スウェーデンの発明家・企業家であり、ダイナマイトをはじめとするさまざまな爆薬の開発・生産によって巨万の富を築きました。しかし、爆薬や兵器を元に富を築いたノーベルには一部から批判の声が上がっていました。ノーベルは、最期に賞設立に関する記述のある有名な遺言書を書くのです。
彼(ノーベル)についての評価は様々でしょうが、次のことだけは言えるのではないかと私は思っています。「学問(知識・情報)それ自体に優劣はなく、その英知をどのように使うかという“良心”によって、“善悪”が決まってくる。」「悪いことをするために学問を学ぶのではない。」「自分も幸福になり、世の中の人々をも幸福と平和のをもたらすために学問がある。」と
プルトニウムにしてもウランにしても水素にしてもトリチウムにしても、それ自体を研究していくのは、人間らしい営みです。ただし、その研究成果をどういったことに活用していくかを考えていくのもまた、人間としての営みです。ややもすると善にも悪にも通じていってしまうのが学問。そこで、人間は、他の動物には決して真似することのできない「道徳的な思考・判断・実践力」が問われてくるのです。
さて、私たちは(生徒たちは)、良い企業に勤めるために良い大学に入りたくて、良い大学に入るために良い高校に入るのでしょうか?そして良い中学校を選ぶのでしょうか?
いま、目の前で勉強をしている生徒たちに向かって、この期に及んで精神論を語るのか、と叱られてしまいそうですが、やはり「何のために」学ぶのか、との目的観があるのとないのでは、その人の意志も覚悟も違ってくるでしょうし、忍耐力や持続力にも影響を及ぼしてくるのではないかと考えます。
次回は、それを裏付ける書籍を紹介します。喜多川泰さんの『手紙屋―蛍雪編』がそれです。私自身が日頃考えていたことをよく整理して小説風に書いてくれているのでとても共感しました。『運転士』もたいへん興味深いものでしたが、この『手紙屋』は、受験生はもとより、中高の2年生1年生にこそ読んでもらいたい一書です。
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