西大島校ブログ
誰に育てられるか、どのように育てられるか
更新日:2026.11.5
江東区・北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。(Vol.69)
1つのドングリが地上に落ちて、やがて芽を出し、樫の大木に育ちます。それでは、ドングリを割って顕微鏡で見ると、そこに樫の木の原形があるのかと言うと、そうではありません。しかし、ドングリは樫の木になる性質・輝きを持っているのです。
人間も初めはたった一つの細胞です。それが、分裂を繰り返して人間の体になっていくわけですが、最初の細胞を調べても、その中に人間が見えるわけではありません。人間も、タンパク質でできた細胞の中に、人間になる可能性と働きが全部含まれているのです。
ドングリは、樫の木になることが目的であり、すべてであると言えますが、人間は肉体的に成長して大人になることだけが目的であり、生きがいであるとは言えません。肉体の成長とともに、精神的にも成長し、さらに自分のもっているいろいろな可能性・能力を引き出すなかに、生きる喜び・生きがいを感じるのです。その点が、植物や他の動物、機械とは違うところと言えるでしょう。そこに、人間らしく生きることの難しさがあるのです。
アメリカにヘレン・ケラーという有名な女の人がいました。子供の時に熱病にかかり、目も見えず耳も聞こえず口もきけない不幸な少女だったのです。両親が可哀そうに思い、甘やかしたため、よく癇癪(かんしゃく)を起こす気難しい女の子でした。
サリバン先生という人が家庭教師になり、彼女に行儀作法を教え、やがて学校へも行けるようになりました。そして、成長したヘレン・ケラーは、体の不自由な人々のために講演をしたり、本を書いたりしまして尽くしたので、“三重苦の聖女”と言われたのです。日本にも来ています。ある面では動物と同じ良いな生活をしていたヘレン・ケラーを、根気よく教育したサリバン先生は、「彼女には人間らしく生きたいという心があったので、私はそれを引き出す手助けをしただけなのです」と話しています。
以前、インドなどで狼少年と呼ばれる、赤ちゃんの時から狼に育てられた少年が発見されたのです。狼と同様に四つ足で走り回り、狼のように「ウォーッ」と叫び、生の肉を食べていたのです。つまり、人間でありながら、狼として育てられたために、人間の可能性を失って、狼になりきってしまったのです。そして、人間に還そうとして教育したのですが、たいていは失敗して死んでしまいました。
これらのことから言えるのは、誰に育てられるか、どのように育てられるかがいかに大切なのか、ということです。
学習に引き寄せて考えてみても、学生さんよりもプロの講師の方が、集団指導よりも個別指導の方がどんなに良いでしょう。その子の実態に合わせ、教材を吟味し、定期テスト等できちんと点を取らせ、受験・進学に向け、親身になって学習指導・進路指導できるTOCOは、他の塾とは格段に違いますよ。
8Zさんを筆頭にTOCOの成果が出始めています。
更新日:2026.11.4
江東区・北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。(Vol.68)
Zさんは、高校2年生の女子生徒です。
Zさんは、TOCOに通って3年になります。中学2年生になったと同時にTOCOに入塾しました。どんどん実力を伸ばし、旧6学区(江東・墨田・葛飾・江戸川)の中で、上位校の入試を突破することができました。大学進学率が100%の都立高校です。
それだけでも、嬉しいことだったと思いますが、彼女は、安心せず、さらに上へ上へと飽くなき向学心を燃やし続けています。
バドミントン部で体も鍛え、アルバイトもし、友達とも時々息抜きをしているようですが、時間の使い方が、非常に上手です。
メリハリをつけて、勉強するときは思いっきり勉強します。もちろん、毎日ですが。
私が感心しているのは、高校での授業・宿題とTOCOでの授業・宿題にも(難しい数学の問題などにもめげずに)どんどんくらいついてきます。
それが証拠に、(TOCOの授業がある日でもない日でも)ほぼ毎日のように21時45分まで、自習室を活用して勉強しています。
理由は、図書館より静かで長く勉強ができるからということだそうです。
また、自習していても分からない問題が出てくると、すかさず、「コピーをしてもらっても良いですか?」と依頼してきます。その理由は、次回のTOCOでの授業の際に、講師の先生への逆の宿題を出すためです。
講師へも先に渡すことができるので、どう説明しようかと授業を組み立てられます。
そうした甲斐もあって、彼女は、成績がどんどん上がってきました。
直近の定期考査では、全教科がプラスになりました。苦手だった、数学Ⅱなどは、前回より19点も増え、学年平均点よりも31点も上になりました。
一度は、辞めるかもしれないと言っていたTOCOへの通塾ですが、気持ちを仕切り直し、今では、指定校推薦でG-MARCHを狙えるほどに上昇してきました。
そして、彼女を見習って自習室に通い始めた中3生たちや高校生たちもやはり追い上げにかかってきています。すぐに結果が出る出ない関わらず、身近に範を示してくれたZさんに、講師のみんなで大拍手を送りました。
ゴールのテープをきる、その日まで、最後の最後まで、TOCOTON伴走しきっていきます。
18「機械」対「人間」――人間に生まれる確率と人間のぬくもり
更新日:2026.11.3
江東区・北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。(Vol.67)
今から250年ほど前にフランスの学者ラ・メトリーという人が「人間機械説」といったものを唱えました。一例をあげれば、心臓はポンプ、歯はハサミなどといった調子です。
この「人間機械説」は、18世紀から19世紀初めころまで、思想界の主流をしめていました。
ところが、おもしろいことに、同じ頃にロンドンでは、「人間非機械説」が出版されたそうです。しかも、それを書いたのが、ほかならぬラ・メトリーらいしいのです。
人間を分解して、結局は機械であると割り切ろうとしたものの、やはり人間生命は単に精巧にできた機械ではないという疑問が出て、正反対の説を取らざるを得なかったのかもしれません。
近年では、ロボットが活躍する時代になってきました。工場や医療器具などでは結構前からありましたが、今では、私たちに代わって掃除をしたり、料理をして運んでくれたり、電灯やお風呂沸かしをしてくれたり、、、
「ドラえもん」は、ネコ型ロボットとの設定らしいですが、昨今では、「ヒト型ロボット」の発達も目覚ましいものがあります。
人間のように二足歩行や100m走までできたり、ジャンプしたり、回転したりなど複雑な動きが可能なロボットができるようになってきました。
しかし、どんなにうまくできた機械でも、自然の生命体とでは根本的に緒となる点があります。
1つには「機械には(鉄腕アトムには、お茶の水博士が居たように)必ずその製作者がいる」ということです。機械を動かすためには外からエネルギーを与えなくてはなりません。ところが、生命体は自らの力で、生きていくためのエネルギーを吸収しながら生の創造ができるのです。
また、機械は、組み立てられて完成するまで、その機能を発揮することはできません。しかし、人間の体は違います。細胞の一つ一つが生命体としての働きをもち、しかも、全体としても細胞や内蔵が互いに助け合って、絶妙なバランスと調和をたもっています。
つまり、常に成長し、変化しながら、しかも一個の生命体として完成しているのが特徴です。
さて、この宇宙は、今から約150億年前にできたと考えられています。また、地球は45億年前に生まれたと推定されています。
最初の頃の地球には、生命が存在していませんでした。時とともに生存の環境が整い、単純な物質が次第に複雑な物質へ化学進化をして誕生したのが生命です。
その最初の生命(バクテリア)が生まれたのが、今から約32億年前と言われています。
光合成のできる単細胞生物(植物)が出現したのが27億年前、複雑な多細胞生物が6億年前、さらにヒトが現れたのが20万年前といわれています。このように、地球の誕生から人類の誕生まで、想像もできないほどの時間が経っているのです。
そしてこの地球上には、現在、約131万種で、その数は数えきれないほどの生物が生きています。主なものをあげますと、昆虫類が75万種、植物が23万6千種、魚類が2万3千種、鳥類が8千7百種、(クラゲなど)無脊椎動物にいたっては20万種、菌類が7万種となっています。
その1つ1つの種(生物の種類の単位)が、また無数に生きていることを考えたことを考えた時、地球の人類が約70億人といっても、地球上で人間として生を受けることが、非常に稀なことがわかると思います。
確率的に計算しても、ほとんど無限大になる生物の数で70億(人口数)を割るのですから、それは限りなく「ゼロ」に近い数値になってしまいます。
その「人間の生命」は、地球上の多くの生命の中で“進化のいきどまり”ともいわれているように、もっとも優れた能力・働きをもっています。それは、自分自身の意志・心の働きによって、自分自身に働きかけたり、環境に働きかけたりして、さまざまに変化させることができることだといえるでしょう。
私は、機械に任せる部分は任せるべきと思いますが、機械を過信しすぎるととんでもないことが起きるととらえています。
機械は万能ではなく、人間ことが、上手に使ってあげることだと思います。
将棋や囲碁やチェスの勝負は機械に負けても、ピアノの演奏は、一人一人の味わいが違います。
スポーツも、機械同士のレースや試合では、あれほどの感動はないでしょう。
電卓も検算に便利ですが、「四則計算」程度なら自力でやった方が、脳に良いですね。
また、論作文も自分で創作したものの方が、自分の考えが深まりますし、その人のものになります。
医療も教育の手助けにはなっていくでしょうが、その本質は人間のぬくもりの営みだと考えます。ましてや親子関係は、ぬくもりそのものだと声を大にして宣言します。
25人間はどうやって人間になるのか③
更新日:2026.10.30
江東区・北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。(Vol.66)
今回は、「一人の人間の生命」について、科学的に解明していきましょう。生物であり、保健体育の教科的側面でしょうか。
人間の生命の始まりが、受精卵であることは、言わずもがなで誰もが熟知しています。
受精した卵子が母親の子宮の中で細胞分裂を始め、倍に倍にと分裂していき、286日前後、9か月半ぐらいの間に、細胞の数は1兆になります、そうすると、赤ちゃんとなってうまれてくるのですね。
生まれてきたばかりの赤ちゃんは、まるで猿のような顔をしているもののようですが、大きくなるにしたがって、必ず両親の両方の顔や体つき、性質などが似てきます。
これは、遺伝のせいです。遺伝というのは、デオキシボ核酸(DNA)という物質でできていて、2本のクサリが、らせん形によじれているひものような中に含まれているそうです。それは、人間一人のつくり方が書かれた設計図といえるでしょう。
その設計図によって、20種類のアミノ酸からタンパク質がつくられ、それが組み合わさって、骨の細胞や筋肉の細胞、髪の毛の細胞など、形や働きの違う約100種類の細胞がつくられていくのです。
それが、さらに組み合わされて、大人の体は約60兆の細胞でできています。
体の大きい方は細胞の数が多く、小柄の方は細胞の数が少ないのです。
私のように足が短いのは、足の細胞が少ないく、私のように鼻が団子のようであれば、鼻の細胞が多いということです。それは、本人の責任ではなく、設計図どおりなのです。
直径が、0.1㍉という人間の小さな細胞の一つ一つの中にDNAには、60億語の遺伝言語(広辞苑という厚い辞書三万冊分)が含まれていて、その精密な設計図によって、必要なだけのタンパク質――細胞――がつくられ、それが組み合わさって一人の人間の体ができているのです。
このように人間の生命は、細胞の一つ一つが、素晴らしい、生きる「知恵」と「力(エネルギー)」をもって生まれてきており、しかも人間の体は単なる細胞の羅列でもなく、また単なる臓器の集合体でもなく、個性と統一性(関連性)をもっているということなのだそうです。
ですから、そうした『生命力(自己免疫力や自然治癒力なども)』や『知恵(知識を勲発するもの)』や『個性(そっくり似ていても微妙に差異がある)』は、もともと生まれながらにもっているものなので、宝の持ち腐れにせずに、瞬間瞬間に100%に近い形で発揮することが理想です。
様々な環境や条件や悩みや困難さがありますが、それを乗り越えながら、人間一人一人が自己の完成へ向けて、それらを磨いたり高めたりしていきたいのです。
動物にも、それぞれ『生命力』や『知恵』や『個性』がありますが、それをさらに伸ばしていくといった行為は人間にしかできません。
たまたま動物がつくったものではなく、意思をもって「善」・「利」・「美」を追求していけるのは、地球上には人間だけなのです。
「善」の反対は「悪」(悪の中でも極悪は人を傷つける行為であり、騙す行為でしょう)
「利」の反対は「損(害)」(損の中でも大損は傷つけられたりであり、一番の不幸でしょう)
「美」の反対は「醜」(芸術や文化を大切にできないことであり、汚い言動すべてでしょう)
私は、人間は、「善」と「利」と「美」を創造していくために、学び、身体と頭脳と心を磨いていくのだと確信しています。
そのための営みが広い意味での教育なのだろうと考えているのです。
教育といっても詰込み型ではなく、能動的に自ら学び様々なことから吸収し、自分自身を高めていってもらいたいのです。
そう意識すること自体も、人間の、人間による、人間のための高貴な軌道だと思っています。
79人間はどうやって「人間」になるのか②
更新日:2026.10.24
江東区・北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。(Vol.65)
前回、「人間の体は何でできているのか」を考えてきました。
今回は、分子(物質)のレベルで見てみましょう。
人間の体の中で一番多いものは「水(H2O)」です。
体重60㌔の人は、約40㌔が水分であり、実に体重の約3分の2をしめています。
体の中に実に多くの水分をもっているーーこのことは、地上のすべての生物に共通しています。なぜ、そうなのかというと、地球上の生物が海の中で生まれたためなのです。海で生まれた生命は、海を離れては生きていけないので、自分の体の中に“海”をもって生まれてきているーーといえます。
そのことは、人間をはじめ、地球上のすべての生物の体内の水分――体液を分析してみると、その成分は海水とほとんど同じだということからも、うかがい知ることができます。
赤ちゃんができると、母親の子宮には羊水という水がたまり、その中で赤ちゃんは成長するのですが、これはおなかの中の海で育っていることになります。受胎後2週間目ぐらいの赤ちゃんは、まだ2,3㍉の大きさですが、そのころにはエラがついているのです。
単細胞から魚のようになり、サルのようになって生まれてくる、というように、何十億年かかって人間が進化してきたことをおなかの中の海で約10か月でやってくるといえます。
さて、地球が誕生したのは今から約45億年ぐらい前といわれていますが、それから生命が誕生するまで十数億年かかった、と考えられています。
はじめのころ、地球をとりまく大気はメタン、エタン、アンモニア、硫化水素が主体で、ちょうど毒ガスのようなものだったのです。そうした大気中の簡単な分子が、太陽の紫外線、火山の熱、雷の放電、隕石の衝突など様々なエネルギーによってぶつかりあい、化学反応を起こして、多少複雑な有機物質になり、それが海の中にたまって、スープのようになり、ポッチャンポッチャンと海の中でぶつかりあい、十数億年の間にだんだん複雑になって、やがてアミノ酸が生まれ、タンパク質になりました。そのタンパク質の1つが、ある日ついに声明を持って動き出したーーと考えられています。
そのようにして海の中で生まれた最初の生命が、その後さまざまに分かれ、進化したものが、この地球上のすべての生物であるといわれています。ですから、この地球上の生命は全部、最初の生命の子孫であり、親戚であるといえます。そのために、地球に住む131万種といわれる無数の生物の基本的な構造はすべて共通しているのです。
このように生命と物質は連続していて区分することはできませんし、また生命も物質でできています。
そして、簡単な物質がしだいに複雑になり、そして声明をもって動き出したということは、物質の中にも生命となる性質と力がそなわっていて、それが一定の環境や条件によって引き出された、と考えられます。
どんな小さな生命でも、自分の力で生きるためのエネルギーを吸収しながら、見事な創造をしてきたのです。
その生きるために必要な知恵と力は、生命の奥深くに、もともとそなわっているとしか考えられません。生命というものは、外から力をもらって生きているのではなく、もともともっている力を発揮して生きているのです。
人間ということを考えていったときに、この生命の問題に行きつかざるを得ませんから、こうした話になってしまいましたが、次回は、「遺伝という“命の設計図”」に迫ってみたいと考えています。
それは、人間という生物が、機械に支配され、翻弄されるような種ではない、ということを言いたいがための試みです。
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